コンセプトの魔法で“わたしらしさ”を確立する 空間デザイナーの乙須裕子です。
今日は自宅でノマドワーク(どこでも仕事)しております。

わたしが、こんな風にノマドワークができるようになるまでには、長い道のりがありました。

明日、9/28(木)にゲストパネラー(元転落女役)として参加させていただく「望む未来を手に入れる方法~リアルシンデレラストーリープロジェクト~」で、どんな方にお会いするだろうと ワクワクしながら、自分のストーリーに思いを馳せ、懐かしんでおりました。

私はどのようにして、望む未来を生きることにしたのか。

まずは、私が個人事業主になるまでの転落ストーリーから語ろうと思います。


2013年に独立する前、私は、中小企業でデザイン/企画/開発の仕事をしていました。

情熱溢れる上司がいて、海外出張もあって、何より、アメリカでの経験が生かせる「英語とインテリアの両方が生かせる仕事」に就けたことが夢のようで、夢中で仕事をしていました。

入社1年後、35歳の時 結婚、36で出産しました。

育休から復帰してからは、デザイン/開発の仕事から、データ入力や簡単なカタログを作る仕事に所属しました。
経験のない職種で不安だったし、希望部署じゃなかったので、不満でした。
それでも、単純作業だと思っていたデータ入力の中にも芸術はあり、日々新しい発見をささやかな幸せを楽しんでいました。
時短で働かせてくれるし、喘息持ちの息子がいるから早退もしょうがないだろう と理解してもらえているし、ありがたいな(申し訳ないな)、と ただただ毎日をこなすことで精いっぱいでした。

年齢のこともあり、まもなく私は計画的に妊娠します。
計画外だったのは、なんと次は 双子!フ・タ・ゴ! あら~、ビックリ!

会社に告げると、「あ~~、もう次の産休は無理だよ。」と言われ、臨月まで働き 自主退職という形で辞めました。

つわりで苦しみながらも無理やり出勤していた第一子の頃に比べ、今回の妊娠、はらくち~ん♪
妊婦を存分に楽しみました。

そして出産。
年子と双子の子育ては、予想通り壮絶でした。
どこに行くにも幼子3人連れて、兄ちゃんにハーネス付けて、ツインベビーカーで通る場所にしか行けませんでした。
そんな不自由な自分が哀れで悔しかった私は、3人子どもがいても、ぜんっぜん平気!な肝っ玉母ちゃんを目指すようになります。
次第に、一人で子育てしいる と勘違いするようになり、いろんな人に助けられていたことも忘れてしまったのでした。
(今思い返せば、独りよがり母ちゃんだったな)

こんなに一人で頑張っているのに
こんな不自由はいやだ
外に出たい!

とうとう私は、母であることの荷を、少しだけ降ろそうと決意します。

2度ほどチャレンジしようとして失敗した「個人事業主」、そう、自由華やかフリーランスの道を歩むことにしたのです。

社会起業家になろうと決めた日~個人事業主時代~につづく。

<今日のBGM>
Jack Johnson -TO THE SEA
秋の雨の日に聞くJack Johnsonは、心にしみて、キモチいいな~♬